子宮内膜症あり。不妊歴1年半、不妊治療歴8ヵ月。AIH4回、2回めに妊娠&流産、4回目に再び妊娠。アメリカ在住の高齢不妊治記録と妊娠記録。


by formyblog68
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まず書いておきたいのは、実は夫に対して腹を立てていたのではなく、最初夫の愚痴を書き始めたんだけど、実は夫の行動によって私自身のコンプレックスが刺激されているだけだと気付いてしまった。

長々と書いたあと、短く編集しました。(まだ長いけど)

ーーー

些細なこと。
「王様の耳はロバの耳」じゃないけど、どこかでガス抜きしないとやってられないから、このブログに書きます。

夫は行動派だ。

なんでもすぐ行動に移すから、やることがはやく片付く。
どこにでもすぐ電話で問い合わせるし(クレーム以外ね。クレームは異常に嫌うのでいつも私の仕事)、することリストを作ってどんどん行動する。
普通の人が「いつかやろう」と言いそうなことを、「やるなら今やろう。今できないならやる日を決めよう」というタイプ。

私は逆で、よく言えば慎重派、悪く言えば臆病者、そして面倒臭がり屋。

電話をかけるだけでも勇気が要るし、言いたいことをリストアップして書く。だからなかなか電話をかけられない。
何か1つ買うにも、調べまくって、値段を比べまくって、その間にも本当に必要なのか何度も何度も考える。だからあまり買わない。
何かするにも念入りに計画して、プランA、もしうまくいかなければプランB、とバックアップをたくさん考える。
石橋を叩きまくって壊れる寸前になるまで渡らない超慎重派。

私とまったく違う夫をすごく尊敬しているし、夫にはとても感謝している。

だからこそ、愚痴をこぼせない。人になんか言えない。
でもさ、たまに予定を詰め込みすぎるんだよね。それこそ分刻みに。

私は、それが怖いのよ。
慎重すぎて夫から見るとただの物ぐさに見えるかもしれないけど(それもあるけど)、何かあったときにドミノ倒しにならないように、かなり余裕を見る。

だから職場では重宝されることがあっても(仕事ならはやく動かざるを得ないからね)、私生活ではスローに見えると思う。

でも夫には夫の良さ、私には私の良さがあるんだから、プレッシャーをかけないでほしい。

私だって夫のプレッシャーがなければ自分でなんとかするし、実際自分でなんとかして生きてきた。ただの物ぐさじゃないと思う。

・・・書いていて気付いた。

結局私は、夫の勇気と行動力と賢さと出す結果を見て、コンプレックスが刺激されているだけなのだ。
慎重派、なんていう隠れ蓑を着た、臆病でモノグサな人間なのだ。

夫のペースについていくとたまに疲れるけど、私の父みたいに私より臆病でモノグサで人に頼るような性格だったら、私はきっとすごく嫌な女になっていたと思う。

だからこれでいいんだと思う。私がもう少しやる気を出して生きればいいんだと思う。だって夫は私を責めたりはしないんだから。

ああ、それにしても毎日毎日いろいろやることがあって疲れる。
何もしなくていい、今日は何をしようかなと考えられる日が欲しい。

疲れた。


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# by formyblog68 | 2018-05-23 00:45 | 独りごと | Trackback

Send out for it

今日のニール・ドナルド・ウォルシュからの自動メッセージメール。

「俳優レックス・リードが言った、In Hollywood if you don't have happiness, you send out for it、と。彼はユーモアを交えてそう言ったが、実はこれには深い真実がある。実はこれこそが、神が人生において言っていることなのだ。神はあなたの宅配人になるだろう。神におねだりするのではなく、神に乞うのでもない。必ず受け取ると信じて、send out for it!」(意訳)

これを読んでピンをこなくて、自分が「Send out for it」の意味がよくわかっていないことに気づいた。

最初、自分が幸せじゃないなら人に幸せを送れ、という意味かと思った。
でもそれはニールの今まで教えてきたことと矛盾する。

ググってみたら、実は「注文しろ」という意味のようだった。

そうか、「幸せじゃないけど幸せになりたいな、と思ったら、ピザを注文するように、神様に幸せを注文すればいい。必ず配達されると信じて」という意味か。

何年経っても英語は奥が深いねえ。もし勝手に理解したと思っていたら、勉強は終わりだねえ。だからたまにプロが訳したものも意味が違っていたりするんだなあと実感した。


蛇足:

私が好きな歌でエクストリームのMore than Wordsという曲に、
saying I love you is not the words I want to hear from you
it's not that I want you not to say, but if you only knew
how easy it would be to show me how you feel
云々、という歌詞がある。

私は、「君から聞きたいのは”愛してる”という言葉じゃないんだよ、言ってほしくないわけじゃないけど云々」という意味だと思っていた。

でも、この「言ってほしくないわけじゃないけど」の部分が、CDについていた歌詞カードには、「君が欲しいとか、そういうことじゃなくて」と書いてあった。

これは多分、コンマがyouとnotの間にあるかないかで意味が違うんだと思う(ないと思ったけどなあ)。

いつか英語のネイティブに確かめてみようと思いつつ、30年近く経ってしまった。

これはきっと、中島みゆきの「マリコの部屋に電話をかけて、男と遊んでる芝居続けてきたけれど」の部分で、芝居を見せているのは女友達のマリコへの強がりか、同棲しているっぽい彼氏へのあてつけか、と意見が2つに分かれたのと同じようなものかもしれない。母語話者であってもいろんな意味に取れてしまうのかもしれない。

言葉って奥が深いねえ。受け取り手によって違ってしまうぐらいなんだから、send out for itという言い回しを訳し間違えたらとんでもない誤解が生まれるね。



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# by formyblog68 | 2018-05-15 21:52 | ニール・ドナルド・ウォルシュ | Trackback
以前、いつも感じの悪い白人女(夫がいるときしか挨拶しない・私だけだとガン無視)が、我が家に子供のガールスカウトクッキーを売りにやってきた話を書いた(これ)。

その数日後、子供のイベントで学校に行ったら、イベントの受付デスクにその女がボランティアとして座ってた117.png

もうずっと会わなくなった女なのに、なぜここにきて2回も連続会ってしまうのだろうか、と思いつつ、気づかないふりして(この態度はアメリカ女たちから学ばせていただいたプロトコールでございますのよ)、さっさと受付を済ませようとしたら、満面の笑みで挨拶してきた。

本当に不思議なんだよね、アメリカ人。

こっちが下手(したて)に出ると後ろ足で砂かけるけど、こっちが洟もひっかけないと近寄ってくる。
カスタマーサービスでもそう。丁寧に礼儀正しくすると邪険に扱われるけど、こっちが怒りに満ちた顔で怒鳴り込むといい扱いを受ける。

この国に住んで25年近くになるけど、意識して気をつけないとどんどん性格が悪くなるし、どんどん顔が怖くなると思う。

いや、この「国」ではなく、多分この「地域」だわ。だって以前住んでいた南部ではそんなことなかったから。アメリカは広い。文化も習慣も、下手すると言葉も人種も違う。

よくアドバイスで「笑顔でハーイと明るく挨拶するといい扱いを受ける」なんていうのは、いいお店に入った瞬間か、プライベートなら相手が外国人や移民や有色人種に慣れていて、性格もまともな場合だけだからね。アメリカは広いんだから、ちょっと西海岸とかニューヨークとか行っただけで知ったような口きかないでよねと思う。

この地域に住んでいる限り、私はプロトコール(笑)を守りつつ、まともな人間であり続ける努力をしなくてはいけないのであった。



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# by formyblog68 | 2018-05-10 22:28 | アメリカでの生活 | Trackback

なぜ英語?

ある日本人女性と知り合った。
嬉しかったんだけど、在米歴が長いせいか、二人っきりのときでも英語だった。

こういう人をカテゴリー別に分けてみると、

1、アメリカに短期語学留学中で、英語しか使わない!と決めている人
2、在米歴が長い中高年以上の年齢の人
3、日本人とつるみたくない人、日本を忘れたい人
4、まだ英語が初級レベルなどの理由により、脳内で変換がうまくできない人
5、アメリカや英語に憧れて、わざとやっている人(笑)

今回会った人は、2です。

今まで会ったカテゴリー2の人たちは、みんな60年ぐらい前に日本で米軍人と知り合ってこちらに来たような人たちで、英語はペラペラ話しているんだけどブロークンで「ユーノー」を多用する人が多い。

彼女たちは、まだ差別の残るアメリカで、必死でまわりに馴染もうとした。
我が子と話すときも、徹底的に英語のみにした。
自分も、後の世代みたいに悠長に学校で英語を学んだのではなく、渡米してから耳から学んだ。
発音なんて二の次、とにかく単語を並べただけでも通じればいい。
ネットもなければ気軽に帰国することもできない。

そんな中、必死で生き抜いてきた人たちだ。

そうやって歳をとって、ふと日本人と会っても日本語が出てこなくなっているのだと思う。もう若くないので脳内の変換も遅く、話しているペースについていけないから、口から出てくるのはブロークンながら流暢なカタカナ英語なのだ。

私は勝手にそういうことだろうと思っているが、当たらずしも遠からずだろう。

だからこそ、(失礼ながら)彼女たちのようにはなるまいと、必死で日本語をキープしている。
ほかのカテゴリーにも属していないし、属したくもない。

だからこれは私のささやかな抵抗であるのかもしれない。

私はどのカテゴリーにも属さない、「在米歴が長くて周りに日本人がいない環境にいる中年女性で、教育を受けたとわかる英語を話し、また品のある正しい日本語も話せる人間」になりたいのだ。

ブログだからさらに本音を書かせてもらえば、「日本語と英語どちらもキープできる脳みそを持ち、そして相手によって素早く変換する能力もある人間」になりたいのだ。そこまで必死にアメリカや英語に馴染もうとしなくてもよかった、余裕でできる人間なのだと自分で思いたいのだ。

そのためには、脳を訓練しておかなくてはならない。
脳を老化させてはいけないのだ。

日々の生活でアメリカにどっぷり浸かっていると、どんどん日本語を忘れてしまう。なぜなら言葉は生き物だからだ。言葉はどんどん生まれ変わるし、使わないと死ぬ。

だから私の本棚には、「大人の敬語」「ビジネス敬語」「使える言い回し」「四字熟語」関連の本がたくさんある。ときどき引っ張り出して読まないと、本当に忘れてしまうからだ。

今後、彼女と会ったらまたきっと英語で話してくるだろう。
でも私は頑なに日本語で返すだろう(アメリカ人が同席していない限り)。

私は、日本人とは日本語で話したい。ごちゃごちゃ書いたけど、結局それだけだ。


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# by formyblog68 | 2018-05-10 21:41 | アメリカでの生活 | Trackback

ああ、寂しいなあ

なんだろう、この今まで味わったことのないような孤独感。

一人でもやることがたくさんあって、一人でのんびりゆったりコーヒー飲みながら読書したりクラフトしたり、あっちこっち掃除したり整理整頓したり、楽しかったのに。

お天気のせいかな?

ここのところ太陽が出ていない。

でも私は晴れの日が嫌いだ。

だって白人たちがウゴウゴ出てきて、活動し初めて、道はサイクリングやジョギングの人たちで危なくなるし、家の近所では芝刈り機の音があっちこっちから聞こえてうるさくなるし、BBQやガーデンパーティーに招かれたり招かれなかったりいろいろ面倒くさいし、近所の子供たちが駆け回ってピンポン鳴らしたり物を売りに来たり、とにかく私の平和が乱されるからだ。

シアトルに引っ越したいと思っていたけど、天気のせいで気分が落ち込むようなら私は無理かもしれない。
日本人が多そうだからお茶する友達ができれば天気なんか関係ないのかな?でも日本人がたくさんいるのに日本人の友だちができなかったら、最初から日本人がいない環境での孤独よりもひどい孤立感を味わうかもしれないなあ。

ああ、寂しい。

今年は帰国できるだろうか。航空券が高くて驚いている。もう3月も下旬に入ったのに、まだ買ってない。そのせいかな。もうすぐ帰国できる!という思いで頑張れるからなあ。

晴れると心が乱され、曇りが続けば落ち込む。

雪が一番好きだ。真っ白な雪が好き。

もし永住帰国できるなら、行ったことないけど北海道に移住したいなあ。

ああ、こういうくだらない話ができる日本人の友だちが欲しい。英語でおしゃべりしても、よっぽど相手が興味ある内容でない限り、相手は何も聞いていないのがわかる。なまりのある英語でつまらないことを話されてもつまらなくなるんだろうなあ。相手があくびをかみ殺しているのを見るとガッカリしてしまう。

日本語で話せる日本人の友だちがほしいなあ。

そんなときはここに来て、独り言をつぶやくのです。どこかで発信したいんだろうなあ。インプットばかりでアウトプットがない生活だからなあ。女には辛いよ。



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# by formyblog68 | 2018-03-22 00:05 | アメリカでの生活 | Trackback

乳がん再検査

乳がんの再検査に呼ばれ、翌日行ってきた。
再検査は板に挟むマンモではなく、超音波検査だった。

検査の結果をまず書いておくと、良性のシストとのことだった。

去年と違ったものが見つかったから一応検査してみたけど、シストがあり液体がたまっているようだった、でも痛みも違和感もないなら何もする必要はない、また来年会いましょう、と言われた。

本当に大丈夫なの?という感じで手放しで喜ぶこともできないまま帰宅したが、これは私の人生において、ある分岐点であったといっても過言でない。

再検査の連絡を受けてから丸1日、人生とは何か、生きているとは何か、死ぬとは何かを考えた。
今まで重大だと思っていたものがそう思えなかったり、逆もたくさんあった。

結果言えるのは、人生はほんとにあっけないということ。あっという間に終わりがくるということ。

人生において大事なのは、何をするか(行動)ではなく、どうあるかだとニール・ドナルド・ウォルシュも書いているけど、その意味が少しわかった気がする。

私は今後の人生において、どうありたいか。とりあえず今までの自分とは真逆の人間でありたい。

人を見る目も変わった。

無愛想なレジの人も、割り込んできた前の車の運転手も、無視する職場の人も、みんな何かを抱えて生きているのだろう。
もしかしたら今、親の死に目に会いに行くところなのかもしれない。家族の重病が発覚したのかもしれない。職場でいやなことがあったのかもしれない。

みんなみんな、私も含めてみんな、何かを抱えて必死に生きているのだ。

人の態度を責めたり、人が私をどう扱うかに腹を立てている暇があろうか。
私は私自身のことと、私が大切に思う人たちのことだけに集中していていいのだ。あっという間にあの世に行ってしまうのだから。







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# by formyblog68 | 2018-03-14 03:17 | 独りごと | Trackback

マンモに行った

おととい、年に一度の乳がん検診があった。

個室の更衣室でガウンに着替え、待つことほんの数分、すぐに順番になった。
プラスチックの板に胸を挟まれてレントゲンを撮る。

あっという間に終わるとわかっていても、前日からこの検査が嫌で憂鬱だったので、終わったときは清々しい気持ちになった。
何かあったらお電話します、来年の予約は封書で届きます、と言われて、明るい気分で家路についた。

そして翌日ー昨日の朝。

見慣れない電話番号から電話があり、このエリアコードは乳がんセンターがある町だ!と急いで電話に出た。

慈悲に満ちた声に、再検査が必要だと言われた。
その瞬間は不思議と何の感情もなく、来週の再検査の予約を入れた。希望日にすぐ予約が取れた。

電話を切ってからいろいろ考えているうち、だんだん不安が生まれてきた。
まさか・・・

急いで電話をかけ直し、来週の予約を翌日に入れ直してもらった。
すぐに変えてもらえた。

翌日にすぐ予約が入れてもらえるほど、私は優先順位が高い患者なんだ・・・という事実が恐ろしかった。

仕事に行かなくてはならない、頭を切り替えようとしつつ化粧をしていると、娘がやってきた。
一人になりたかったので、心のこもらない声で「なあに?」というと、娘が「ママがお化粧しているのを見るのが好きなの」と言う。

私は手をとめて娘を抱きしめた。
無意識のうちに抑えていた気持ちがあふれそうになった。

「ママ、私がアイ・メイクをしてもいい?私、近所では一番お化粧が上手って言われてるのよ」
近所ってみんな小学校低学年のチビたちじゃないの、と笑いながら、私は化粧品を娘に渡し、目を閉じた。私の目に一生懸命アイシャドーを塗っている娘が、愛しくて哀れで心配で、どうしていいかわからなかった。

今までやりたいことはたくさんあった。
仕事、旅行、教育、趣味・・・

でもそれらが一瞬のうちに消えてしまった。
急に目の前に突きつけられた人生の幕の前で、私は両手にいっぱい抱えていたものを全部投げ出して、たったひとつを抱きしめた。

休みの日には、子供たちと庭に花を植えよう。
家族と公園を散歩しよう、目的もなく、ただブラブラと歩こう、夫と手をつないで、子供たちが見つける小さな花や石ころを見つめよう。今、一緒にいる。温かい体がここにある。今、私は生きている。

今から再検査に行ってきます。

心の中では、大丈夫大丈夫、きっとただの石灰化だ、何かあっても良性だと思っている。でもこの検査で私は自分が何をしたいのか、少し気づいた気がする。

まだ誰にも言っていない。このブログで吐き出すのが初めてだ。
読んでくださった皆さんに感謝します。












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# by formyblog68 | 2018-03-08 22:09 | 独りごと | Trackback

時間にルーズ

夫は時間にルーズだと思う。

例えば今朝のこと。
朝7時に子供が学校のクラブの特別レッスンがあった。

うちから学校まで車で約5〜7分なので、道路交通事情や信号など考慮しながら逆算して、私なら家を6:45には車を発進させていると思うのに、夫は6:55に「靴を履いている」のだ。

集合時間の5分前には、すでに集合場所にいるべきだと私は思うんだけど、夫は集合時間「ごろ」にそこに到着すればいいという考えらしい。

やきもきして「私が連れて行こうか?」「遅くなるよ」となんども言ったらソーダ味の飴みたいな目を大きく開けてまじまじと目を見て、「君はもう一人の子供の世話を心配してろ」と言われた。

私にはその気持ちがわからない。何があるかわからないし、やきもきするのが嫌だから余裕を持ちたい。

そういえば私のジムのトレーナーも、子供のピアノの先生も夫と似たような感覚の持ち主だった。

ジムのトレーナーは毎回5分は遅刻で、ある日なんてついに来なくて、あとからメールで「ガレージのドアが開かなかった、ごめん」だもんね。
速攻苦情入れてトレーナーを替えてもらった。

ピアノの先生も毎回遅れた。

レッスンはある大きな建物の中の、ピアノ教室を一室借りて行われていた。
先生はレッスン教室に開始時間に「建物に入ってくる」。
教室の鍵を、雑談しながらのんびり開けている(怒)ので、レッスン開始は5〜10分は遅れる。

レッスン料は45分で$40。
計算すれば、1分約89セント。
すると毎回、約4ドル45セントはドブに捨てていることになる。

これを読んで「細かいなあ」「せこっ!」と呆れているあなた!(いるのか?)

スーパーでいつもの洗剤が89セント安かったら買いませんか。
毎週4ドル45セントをその辺に捨てますか。
オールマイティの4ドル45セントOFFのクーポンが毎週もらえたら、毎週必ず使いませんか。
スタバで毎週無料でカフェオレが飲めたら、飲みませんか。

時は金なり。
時間は人生。
生きているっていうのは、地球上で時間を過ごしているってことなんだよ(哲学ぬきで)。

人を待たせるというのは、相手の人生を無駄にしているということ。
ピアノの先生なんて、お金まで巻き上げているんだよ。

まあつまりね、ピアノ教室の総元締めに苦情を入れましたよ。

「とてもいい先生だし、毎回ほんの数分なのでとても言いにくいのですが、彼女は毎回数分ずつ遅れます。最初は先生の『道路が混んでいた』、『雪がひどい』、『駐車場の空きスペースがなかった』というお言葉に理解を示してきましたが、あまりに毎回なので今回言わせていただくことにしました。うちの子にとって先生のレッスンはとても大切なので、1分も無駄にしたくないのですが、次の生徒さんが待っているから延長してもらえません。先生を責めているわけではなく、ただ、レッスン開始時刻にはピアノの前にいていただけるよう、先生方に伝えていただけないでしょうか」

苦情をいうときは相手をたてつつ理論的に礼儀正しく正論だけを述べること。これは私が苦情処理係みたいな仕事をしていたときに気づいたこと。

夫にそのことを話すと「どうして本人に言わず、裏で上の人にちくるの?」と言われた。

「ごめんね〜、今日は道路がすごく混んでて!」と息急き切って(演技)駆け込んでくる人にむかってit's okay以外に何が言えるのか。
レッスンのあとだって、ほかの子たちや保護者たちが待っている前で先生にむかって何が言えるのか。
あとから改めて言ったら、よけい気まずいじゃん。
だったらトップに伝えて、遅刻はクビにするなり全体に注意するなりしてもらったほうがいい。なぜ客が直接教育しなくてはいけないのか。
人がすることに文句つけるなら、あんたが先生に言えばいい。

・・・と言っても苦情なんか入れやしない。まずはヘタレということもあるけど、本人が先生と同じ時間感覚だから!
ほんの数分だろう、先生だっていろいろあるんだから理解してやってもいいだろう、という考え。

金もらってる限りプロとして約束は守れや!!!友達じゃないんだからゴメンで許せるか!!!

結果、ピアノの先生は毎回、教室内でピアノの前に座って待っていてくれるようになったのだ。いや、これが普通だろ。

そういえば・・・

子供が幼児だったときのリズミックの先生はレッスン時間にルーズで、10:30開始だというのに10:40まで保護者と雑談(大学生の息子の自慢とか)。11:15終了だというのに、11:00ごろ迎えに行くと子供たちはすでにおやつを与えられていて、先生は保護者と雑談中。

先生はキャピキャピしたお金持ちの奥様で、話し相手に飢えた女性だった。レッスンより自分のおしゃべり仲間を見つけることに夢中だった。

「主人に、何を始めるんだと言われたけど、ワタシだってできるわ!と、ここを一ヶ月1000ドルで借りてもらったの。ずっと前にも一度トライしたことがあったんだけど、生徒さんの親御さんたちもいろいろ大変だったみたいでだんだん来られなくなっちゃって、辞めざるを得なかったの。私、とても個人的に受け取っちゃって落ち込んだのよ。もちろん私のせいじゃないってわかっていたんだけど」とかベラベラしゃべっていた。

いや、たぶんあなたのせいですから。

そこは苦情を言わずに数ヶ月でやめた。
苦情を入れるときはある程度期待がある。この場合は改善の余地なしだったので「家庭の事情で」ということでやめた。

話は戻るが、私は待つのもいやだけど待たせるのもストレスたまっていやなので、時間は守りたい。
もちろん数回の遅刻は許容範囲ですよ、私だって遅れるときはあるんだし。
ただ逆算してくださいよ、と思う。とくに夫。

あー夫の愚痴だったはずなのに、いつの間にかピアノやリズミックの先生の話になってしまったので、タイトルを「時間にルーズ」に変えました。



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# by formyblog68 | 2018-02-27 22:49 | 独りごと | Trackback

秘書にお礼した

少し前、職場でまた嫌なことがあった。
ラクダの背骨を折った最後の一本のわらしべ、堪忍袋の尾が切れた。
もう我慢できない、このままカウンセラーにでも駆け込むか?と思うぐらい心が乱れた。

私の足が向かった先は、いつも優しい秘書の部屋だった。彼女ならわかってくれる、彼女なら私の話を聞いてくれる・・・藁にもすがる気持ちで、私は早足で向かった。

行ってみたら若い男の子がいて、「お昼休みですけど、すぐ戻ると思います」と言う。
ああ、そうだった、お昼休みなんだから邪魔をしてはいけない、と頭ではわかっていたが、私の足は勝手に休憩室に向かっていた。

休憩室では彼女がKindleを片手に、一人でお手製のサンドイッチを食べていた。

「休憩中ごめんね。ちょっと話を聞いてほしいの。聞いてくれるだけでいいの、そのまま食べ続けて」と言う私の切羽詰まった様子に、彼女はすぐにKindleとサンドイッチを置いて、「なんでも聞くわよ」と言った。

感情の高ぶりのあまり肩で息をしながら話す私に、彼女は一緒に腹を立て、一緒に呆れ返り、一緒に考えてくれた。

一通り話した私はやっと気持ちが落ち着き、彼女のアドバイス通り勇気を出して自分の権利を主張し自分を守ることにした。そして実際に私は自分のために戦ったのだ。結果、私の主張は通った。そりゃそうだよ、私は正論しか言ってないんだから。まわりに利用されていたのをはねのけただけなんだから。

後日、報告するととても喜んでくれた。

そして今日、改めてゴディバのチョコの詰め合わせを持って、彼女の部屋を訪れた。彼女はとても驚き、そして喜んでくれた。チョコを喜んだのではなく、私がついに立ち上がったこと、そして結果が良好だったことを喜んでくれたのだ。私の状況をずっとわかっていてくれた彼女だから。

「あなたにはどれだけ助けられているかわからない。いつも本当にありがとう」と言うと、彼女は立ち上がりデスクのまわりをぐるりと歩いてきて「なんのための友達なの、話を聞くためじゃないの!」と抱きしめてくれた。

友達・・・

私は彼女を友達と思ったことはなかった。きっと私と彼女の友達の定義は違うのだろう。でも心から嬉しかった。彼女の存在に感謝した。そして、本当に困ったときは、思い切って心を開けば受け止めてくれる人はいるものだ、と感謝した(ほかの人はそれでも助けてくれないけど)。彼女がいてくれるだけで本当に助けられる。

でも考えてみたら一方通行で、私は彼女のことを何も知らない。たまに彼女の体の具合を尋ねるぐらいだ。
これからはもっと感謝の気持ちを表していこうと思う。

「ただ聞いてくれるだけでいいってときはあるわよ。私のドアはいつでも開いているからね!」と言ってくれた彼女。

残業で誰もいなくなった暗い廊下、彼女の部屋の前を通ったとき、思わず手を合わせた。

ありがとう。感謝します。



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# by formyblog68 | 2018-02-10 13:08 | 仕事関係 | Trackback

どのツラ下げて

その女とは、教会で知り合った。
セラピストの仕事をしている女だ。

独身の彼女は、恵まれない子供のフォスターペアレントをしていたが、ついにその子をアダプトした。
そのアダプトのパーティーにも家族で呼ばれて、プレゼントを持ってみんなで出席した。
子供同士の年齢が近いこともあり、子供同士は遊んだりしていた。

私はその女はいい人だと思っていた。いや、とりあえず普通の人だと思っていた。
セラピストなんかもしているし。

ところが、ある日気がついた。

私が一人だけのときは、彼女は私にろくに挨拶すらしないということを。

驚いたけど、まさか・・・たまたま機嫌が悪かったのかな?私の顔を忘れてしまっただけかな?と思って流した。
夫がいるときに会うと普通に挨拶するので、やっぱり気のせいだったんだと思った。

ところが、夫がいないと子供たちには挨拶するが、私とは目を合わせようともせずに通り過ぎる。
私だけのときは気づかないふりをするし、私が声をかけてしまうとしかたなく無表情で「ハイ」と言ってそそくさと通り過ぎる。

社交辞令程度の付き合いなので、嫌われる理由がわからない。

でも、こういう白人女はたまにいるので、あーそういう人間だったんだ、と思って、この女とはなるべくかかわらないようにしようと思った。

教会で見かけてももう気づかないふりをするし、すぐそばにいてもわざと反対側を見たり、子供に話しかけたりしながらさっさと通り過ぎるという、嫌な白人女たちがする同じことをしてやるのだ。それで解決ね。お互い様。そんなことする理由はさっぱりわからないけどさ。挨拶ぐらいしてなんの損があるのか本当にわからないけど、同じことをしてやらないとこっちの心が持たないからさ。

私はその教会には行かなくなったし、その女とも数年会わずにいた。存在すら忘れていたら・・・

今日、日曜日の夕方、ピンポーンとやってきた。

小窓から見てその親子だと知り、子供が書類みたいなものを持っていたので「押し売りか」と気づいた。

無視したかったけど家を知られているからしかたなく開けると・・・

2人そろってボケーッと突っ立っている。しかたなく私が「ハイ」と挨拶して、むこうも「ハイ」と言って、沈黙。
すると女が娘(アダプトした娘)をつついて、「早く言いなさい」といい、娘が「ガールスカウトクッキーを買ってください」と。

いらないよ、どのツラ下げて売りに来てるんだよ、とドアをバタンと閉めてやりたいぐらいだったけど、いいわよ、とこっちもろくに笑顔を作らず(というか、なんなのこの親子、という疑問符が頭の中でまわったままの顔で)1つだけ買ってやった。
ついでに「今ダイエット中なのよね」とも言ってやったわ。

以前の私だったら、きっと笑顔でドアを開けて、「ハーイ!久しぶりね、元気?」と普通に挨拶してたと思う。
そして「実は私はダイエット中なんだけど、人にもあげられるしね。あなたがワシントンDCに行けることを願っているわ!」とか言って、何箱も買ってあげちゃってたと思う。

いや、それで普通なんだよ、相手が普通の人の場合は。
でも私は性格が悪くなった。悪くなったところで失うものは何もないと気づいた。
人にしてほしいように相手にしなさい、という教えは、ここでは通用しない。悲しいけど、本当に通用しないのだ。

いつも笑顔の人は信用できない、とすら言われてしまったことあるからね。何か売りつけようとしているんじゃないか、とか思うんだってさ。世知辛いねえ。

支払いはクッキーを持ってきたときに済ませることにした。だってアメリカ人って、ばっくれるからさ。ほんの数ドルのことで、近所の人ともめたくないから泣き寝入りになるでしょ。この前別のご近所さんなんて、クッキー注文したのに結局持ってこなかったからね。お金払ってなかったからよかったようなものの。

それにしても、あんな態度をとっているくせによくも売りにきたね。ほかの人は何箱も買っていたみたいだけど、うちは一箱だよ。買ってやるだけでもありがたいと思いな。あいつらとはお近づきになりたくないし、「けち臭い」とか噂されても痛くもかゆくもないから(失うものはないので笑)、二度と来るな!お前のブサイクな顔を見ただけで、せっかくの日曜日の午後が台無しになったわ!!!

あー嫌な気分!!!
ブログでしか愚痴れないから、ここに書きました。
こんなこと誰かに言ったら、ぜーったい性格悪いと思われちゃうからね、今までの歴史も知らずに。

そして「こうしたらいいんじゃない?」「私もそういう経験したけど、こうしたら改善したよ」とかアドバイスくれちゃったりしてさ、余計ストレスになるからアドバイスなんかくれなくていいんだよ、「アドバイスください」と言われない限り、いらないんだよ。

一番ありがたい返事は「そうよねー」「わかる、わかる」だよ。

でも年増になるとさ、そういう返事はできないのよ、私も含めて。おばちゃんは人助けが好きだし、よくも悪くもお節介だから、いろいろアドバイスしたくなっちゃうのよね。

だから、人には言いません。ブログに書きます。愚痴はブログに吐き出して、さっさと忘れよう!
嫌いになる価値もない存在なんだから。



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# by formyblog68 | 2018-02-05 07:28 | アメリカでの生活 | Trackback

自分のために戦う

私の手柄を取る上司のこと。

今度こそ、私は自分のために戦った。

私が手がけている仕事なのに、上司が「私の名前で提出しておいて」と言ったので、「それはちょっと」と断ったのだ。

するとむっとして「じゃあどうすればいいか、担当者のLさんに聞いてみて」と言ったので、その「Lさん」に「私がしている仕事です。私の名前で提出するなら続行します。それができないなら、この仕事はほかの人にやらせてください」と報告してやった。

その仕事は私にしかできない仕事なのだ。

誰もやりたくない面倒臭い仕事なのだ。

そして「Lさん」が私の名前で提出すると公にしてくれた。

もう二度と下請けにはならないぞ。

あいつ、早く定年退職すればいい。何もしないのにしているふりばかりして。でも周りはみんなわかっているのだ。だから私が声をあげれば私の味方をしてくれるのだ。

私も気をつけて声をあげなくちゃいけない。誰も信用できないから。

職場のアメリカ人はほとんど、自分の得になるときだけ味方をするからね。私のことなんて本当はどうでもいいのよ、私に利用価値があるから私の味方をしているだけ。以前の私みたいに、それを信じてしまうとまたそっちで利用されてしまうんだからね。アメリカで20年近く働いてきて、やっとわかったんだよ私。

アメリカの職場で、人を信じちゃいけない。ゲームだと割り切ってうまくやらないといけない。

その「Lさん」だってそう。ゲームしているのがモロ分かる。私をうまく操ろうとしていたり、私から情報を得ようと近づいてきているのが見え見えなときは、内心バカにしないでよとさえ思う。「Lさん」は私が日本人特有の、生真面目で正直な人間だと知っているから。

私はもうそれだけじゃないからね。ほんと、バカにしないでよね。

アメリカ人が家族を大切にするのは、家族しか信用できないからだと思う。
日本の(昔の、かな?)会社みたいに、同志とか戦友とかいう感覚はない。一緒に何かを作り上げようという感じではない。一緒に作り上げているふりをして、頂上に立つ寸前に相手を突き落とすタイミングを見る感じ。

そりゃ家族しかないわな。1日の大半を一緒に過ごす同じ職場の同僚が敵なんだから。

それでも私はその中で生きてゆく。人生の終わりに近づいていても、これが私の人生なのだと割り切って生きてゆく。







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# by formyblog68 | 2018-01-31 12:43 | 仕事関係 | Trackback

久しぶりに日記を書く

毎日平和に生きてます。
何もないのが一番。
だからといって幸せかというと・・・まあ幸せとはこういうものなんだろう。

とにかくインプットもなければアウトプットもない、自分の中でただ何かが発酵して腐っていくのを黙って見ている感じ。
でもそれはぬくぬくと暖かく、慣れきったニオイに心の安定も感じられるのだ。

何もないから何かを始めることにした。

そう、日本でOLをしていたときも、同じような感じで渡米を決めたんだった。

あのころも、「毎日何もない。このまま人生終わるんだろうか」と思っていたっけ。

そういう宿命なんだな私は。

何かを始めて、どこかに行って、常に動いていないと自分が腐る気がするんだからしょうがない。
いくつになってもそうなんだから、もうこれはしょうがない。

人に話すと「よくやるねぇ」と言われることもあるけど、それでもいいの。だって私は忙しいほうが楽しいんだもん。毎日母親業、仕事、この繰り返し。友達もいない、趣味も何もしてない。何かやりたい。



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# by formyblog68 | 2018-01-31 12:27 | 独りごと | Trackback
2018年になりました。
今年の抱負:生きたいように生きる

昔ならあの世に逝っていてもいいぐらいの年齢になりました。

体もあっちこっちにガタがきて、ストレスのせいか甲状腺や血圧にも問題が出てきて、ストレスを感じるときゅーっと頭が痛くなるし、たまに何の前触れもなくクラ〜ッとめまいがすることもあるし、もう本当に気をつけないとあの世にすっと逝ってしまうと実感するようになりました。

残りの人生は、儲けものだと思ってゆっくり過ごしたいと思います。

もちろん、「40代からの習い事!」とか「50代から始める趣味!」と掲載されている雑誌を読んだりすると、ちょっとやる気が出たり焦ったりしますが、私にとってはこのアメリカという好きでもない国で生きているだけでものすごい修行を積んでいると自分自身を許して、「これでよし」とします。

「これでよし」

誰にでもない、自分自身に一番言ってあげなくちゃいけない言葉を、今年の私は自分に言ってあげようと思います。

なんか去年もおととしも似たようなこと(頑張らない、とか、考えすぎない、とか)書いていたような気がする。きっとこれは私の人生の課題なんだろうなあ。

でも、もう本当に人生の終わりに近づいているのを感じるのです。
年齢や健康状態のほかに、なんとなく「生まれ変わったらこういう人生を送りたいな」などとふと思ってしまうことがあったり、「ああこの人生もいろいろあったけど、それなりに楽しかったな」などと思ってしまうことがあるからです。今まで、ぜーったい生まれ変わりたくない!死んだら無になりたい!と思っていたのに。

あの世に行ったとき、人生を振り返って、「あんなに気張って緊張して考え込んで悩んで頑張ってもがいて苦しんで生きなくても良かったじゃないの。もっとリラックスして空を見上げて深呼吸して山を眺めて、足元の花を見つめて、笑顔で生きていたって良かったじゃないの。だって結局、何も変わりなかったんだから」と苦笑いしないように、今、違う次元の私自身、あの世に逝っている私自身からその言葉を聞いていると思って、今年はそれを胸に刻んで生きようと思います。

生かされていることに感謝。すべてに感謝。私の唯一の掃き出し窓のブログに感謝。



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# by formyblog68 | 2018-01-04 05:59 | 独りごと | Trackback

忙しい

師走に入り、子供たちの習いごとの発表会やらコンサートやらが毎週末、そして平日の夜、行われている。
普段の習いごともまだ続いているから、まるでジャグリングをしているかのような忙しさである。

夫は日頃から、「ほかの家庭はもっと忙しい」と言う。
子供が3人以上いて、それぞれが別の習いごとをしている家庭を見ているのだ。

でもさ、子沢山でそれぞれの子どもが別の習いごとをしていて毎日学校が終わるとあっちこっち運転して連れてまわっているような家庭は、父親が開業医とかで金があって豪邸に住んでいて、奥さんは専業主婦なんだよね。うちみたいに安月給の共稼ぎじゃないんだよね。

夫に言いたい。

アンタ、マゾですか?
うちは十分忙しいよ。ギリギリのところでやりくりしてるじゃん。習いごとだってやりすぎだよ。私は疲れ切っているよ。そんなに忙しくなりたいなら、アンタ一人でやりな!

私はストレスで血圧がどんどん上がっているし、健康診断では「血圧がかなり高くなっている。半年様子を見て下がらないようなら薬を始めましょう」と言われたのだ。ひどいストレスを感じると、最近はふぅ〜っと意識が遠のくような気がするのだ。
毎日肩こりがひどく、今日なんて首が痛くてろくに運転もできない。

そんな私を見て、「運動が足りない」「食生活が乱れている」と批判しかせず、私が抱えるストレスを全く見ていない。

どうせならバッタリ倒れて死んでやりたくなるよ。批判するならいないほうがいいんじゃない?これ以上どうしろと?
ストレスで死にそうだよ、文字通り。

昔、友人の母親がくも膜下出血で急逝した。考えてみれば当時のお母さんの年齢は、今の私と近い。
身近で人が死なないとわからないのだろうか、あのバカは。




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# by formyblog68 | 2017-12-05 21:24 | 独りごと | Trackback

祈り

祈りというのは、願いを叶えてもらうためにあるのではない

叶わない願いを受け入れる自分のためにある

神様は自分の中にいる



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# by formyblog68 | 2017-10-12 15:39 | 独りごと | Trackback

また夫の愚痴

なんだかなあ。

私の夫って、たまにお人好しすぎるというか、性善説を信じすぎるというか、バカなんじゃないかと思う。

例えば、自分が子供好きだからって他人もそうだと思っているふしがあり(私という子供が苦手な女が妻なのに)、とくに女性はすべて子供が大好きだと勘違いしているところがある。

私は自分が子供がキライだから(はい、もうはっきり言います、キライです)、自分の子供のことは人には話さないし、自分の子供のことで他人にはなるべく迷惑かけないようにしている。

夫は逆。平気で人に子供のことを任せようとしたりもする。

私が「それは迷惑だからやめなよ」と言っても、「彼女は子供好きの優しい人だから大丈夫だよ」なんて言う。私が反論すると、いかに私の心が狭いか、世の中は私のような人間ばかりではないか、そして人の親切を受けようとしないことがかえって失礼か、私を責める。

バカですか?

本音と建前って知ってる?日本人だけだと思ったら大間違いだよね。アメリカのほうがお世辞言いまくって後ろで笑ってることあるよね。

夫は性格がいいので、まさか人がそういうことをしているとは思わない。でもしてるんだよ。私みたいな透明人間は、そういう場面に出くわすんだよ、みんな透明人間には気を使わず本音を見せるからね。

そして今日、夫が優しいと信じていた人が悪口を言っていたことが判明し、夫はとても腹を立てている。

私も腹が立ったけど、それと同時に「いい勉強なんじゃない?」と思った。ほら、言ったこっちゃない。これが現実なんだよ。世の中、そんなにいい人ばかりじゃないんだよ。だから注意したじゃん。そんな私を「そんなふうに考えるのは君の心が歪んでいるからだ」などと言ってたけど、私が正しかったよね?

あはは。これでも私の心が歪んでいるのか?私は現実を知っているだけじゃないか。現実を知っているから守ろうとしただけなのに。そこは危ないから行くなという場所に、危ないと思うのは臆病者だからだ!と言いながら行って、怪我してるのと同じ。夫を愛しているからこそ、これはいいレッスンだと思える。

それにしても腹が立つ、いろんな意味で。





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# by formyblog68 | 2017-10-12 11:09 | 独りごと | Trackback

料理が嫌になった

アメリカで日本の料理をしてもつまらない。

アメリカ人の夫はおかずばかり食べる。おかずだけ先になくなる。

日本みたいに箸休めとか付け合わせとかが残らない。

肉なんかどっさり使った料理にしないといけない。ご飯でおなかが一杯になることはないから。

腹がたつ。


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# by formyblog68 | 2017-10-04 04:10 | アメリカでの生活 | Trackback

仕事のこと

なんかね・・・

職場に何も期待しなくなったら、いいことがたくさん起こるようになった。

ーむかっとくることがあっても、「まあいいか、こんなもんよ」とすぐにふっきれるようになった。
ー人の活躍をきいてもあせったり嫉妬したりしなくなって気が楽になった。素直に応援できるようになった。
ー利用されそうになったらすっと身をかわす方法を学んだ。
ーそれでも利用されそうだったら、第三者に無邪気に相談・質問するふりをしてそいつの悪行を人に伝える技もおぼえた。
ー手を抜くところは罪悪感なしで手を抜くようになった。

そしたら、気分が軽くなったと同時に、なぜか急に新しい仕事が舞い込んだり、大切な仕事を任されるようになった。肩の力を抜いたら人間関係が良くなったのか。私は真面目なので、手を抜くぐらいがちょうどよかったのかもしれない。

そして先日、初めて職場で嬉しいことがあった。
大切なお客様からうちの職場のトップじきじきに感謝の手紙が届き、そこに「とくにXさんには感謝している」と私の名前が入っていたのだ。アメリカで働くようになって初めてだよ、公の場で褒められたのって。

実は、小さなお客様のことなんて洟もひっかけないで、大きなお客様の前にだけしゃしゃり出てきておべっかを使う人たちが多い。そしてアメリカではそういう人のほうが出世が早いのも事実。そして私はずっとそれは間違っていると思っていた。アメリカの労働モラルを批判していた。

でも私がいつものように小さなお客様を大切にしていたら、実はその小さなお客様が大きなお客様の大切な人で、私の仕事ぶりと感謝の気持ちを伝えたという、まるでドラマの大どんでん返しのような展開があったというわけだ。

まあね、だからといって私の立場が急によくなったわけじゃないけど、でもそこから仕事が広がっている。

今までも仕事を頼まれることはたくさんあったけど(ここだけの話、私は仕事ができますからね)、いつも裏でこっそり頼まれていたのだ。表にはぜったい出してもらえなかった。だって私は、有名シェフのいるレストランで実際に料理を作っている無名のコックであり、作家に重宝される有能なゴーストライターだったから。

でも今回は違う。私を利用しまくって陰でこき使っていた上司を超えて、ほかの人たちが直接私に仕事を頼んでくるようになったからだ。

・・・いや、やめよう。期待しない、期待しない。

手当がつくのは嬉しいから、それでよしとしよう。野望はだめだ。しょせんはお金のための労働であり自己実現の場じゃないんだから、言われたことをちゃんとやってお金をいただけばそれでいいや。まわりがどんなにずるがしこくても怠け者でも、私は私で自分らしくやっていこう。このぐらいの気持ちでいれば腹も立たない。どうでもいいや、ぐらいでちょうどいいんだよ、私みたいな理屈屋は。

でも、初めてアメリカで「がんばっていれば誰かがどこかで見ている」ということもあり得るのだとわかった。20年近く働いてきて初めてだ。日本ではそれが普通のことだったのにね。

これからもうまく肩の力を抜いて野望を捨てて私らしくやっていこう。


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# by formyblog68 | 2017-09-14 17:46 | 仕事関係 | Trackback
私は働くことが大好きだ。

日本で働いていたときは、朝は早めに出勤して、残業を繰り返した。

私にとってデスクワークというのは、瞑想にも似ている。何かに集中し、没頭し、達成する。
私にとって背客業というのは、舞台に似ている。演じることで人に夢を与えられる。

そして働くことによって顧客に感謝され、上司に褒められ、会社に認められることの楽しさ!
昇進し、昇給することの楽しさ!
どんどん新しい仕事を与えられる楽しさ!

もちろんストレスもたくさんあるけど、それでも働くことが楽しい。

でも、今の職場で働くようになってちょっと事情が違うことに気づいた。

顧客に感謝され、上司に褒められるところまでは同じだ。
でも大きく違うのは、あまり重宝されると小間使いや秘書になってしまい、新しい仕事がもらえないということだ。昇進できない。上司は私に異動されたり昇進されたりしたら困るので、私を囲う。私を個人的にこき使う。私を誰にも会わせたくないし紹介しない。ヘッドハントされたら困るのだろう。

そしてもっとひどいのは、私がした仕事を最後に横取りする。

言いたいことは山ほどあるけど、もうさんざこのブログで愚痴をこぼしてきたから、繰り返すのはやめよう。

ただ、最近は私も職場内に話せる相手をみつけ、少しずつ状況はガス抜きができるようになった。
上司のずるさを、他人が指摘してくれるのは本当にありがたい。私の出した結果を上司が横取りするとその人が「Aさん(私のこと)の書類に間違えてあなた(上司)の名前が書いてあったので、こちらで訂正しておきますねー」とさりげなく釘を刺してくれるのだ。

感謝してもしきれない。これも私が今まで真面目にやってきたからだろうと、自分を褒めてもいいと思う。

でもやはり、私の職場での立場というのはとても低い。誰がかばってくれても同僚は同僚どまりだし、ここはいつ裏切られるかわからないアメリカなのだ。上司のずるさを指摘してくれる同僚が狙っているのは、私の上司の座だろうということはうっすらとわかるので、どこまで信用していいものだか。うまく立ち回らないといけない。

だから起業しようと思うようになった。

でも、専門家に相談すると起業しても利益が出ないという。今のまま退職して起業すると、下手すると赤字になるばかりでなく、健康保険やリタイヤメントで大きな出費が起こり損害を被ることになるという。だからとりあえず起業を頭におきつつも、今の職場で続けることにした。

そうしているうちに、今の職場や仕事に対する情熱が消えてしまった。
どうせ何も起こらないから、何も期待しない。そればかりか手を抜くようになってしまった。

上司に頼まれても断るようになった。
私が手を抜くことに気づいた上司に何か言われとき、「それにかかる時間・労力を、仕上げた結果と比べると、まったく見合いませんから私はもうしないことにしました」と答えて上司を激怒させたことがある。したくないんですが、とか、しなきゃいけませんか、ではなく、「しないことにした」と断言したのだ。そして理路整然と私がしない理由を述べる。もう上司に利用されない。

さて、このように仕事に対する情熱を失った私ですが、それは悪いことではなかった、必要なプロセスだったんだと気づくようになった。

やる気がないからこそ、何もこだわらない。もう仕事を奪われても腹が立たない。業績を横取りされても別に怒らない、だって結果的に横取りする状況になっても許せる同僚のことしか助けないから。

つまり私は、働くことが好きだったというよりは、認められてどんどん自分が高められることが好きだったんだ。もう誰にも認められないし、高められる(昇進や昇給)もないとわかったら、あとは好きなことしかしない。仕事だけど個人的感情いれまくり。まるでアメリカ人みたい。アメリカ人は、いくら仕事でもしたくないことはしないからね。だんだんアメリカ人のwork ethicの低さが理解できるようになった。

それは悲しいようだけど、実は私自身はとても助かっている。

諦めることも大事で、のんびり楽しむことも大事。自分を責めない。

まだときどき「これでいいのだろうか」と思うことはあるけど、もうこれでいいのだと思うようになってきた。
もし私がまだ30代だったら大問題かもしれないけどね。定年まであと10年と少しだし、長いようであっという間だし、もうストレスはまっぴらだ。

のんびり楽しみたいから、これでいいんだと思う。



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# by formyblog68 | 2017-09-08 03:05 | 仕事関係 | Trackback
地球上のあっちこっちから人が集まる国だからだろうか。
集まったあとも文化を保ったまま仲間内で生活できるからだろうか。

いわゆる「アメリカ人」と定義される人々は、察する・空気を読む、ということはできない。できても、しない。そう、まるで英語ができてもあえて話そうとしないパリジャンのように。

大げさなようだけど、日々の生活の中でそれが積み重なり、結局はそういうことなんだろうという結論に達する。

たとえば大行列ができている。
日本なら列の先頭と最後尾に誘導する人が立って、下手するとメガホンで「こちら最後尾です」と案内していたりする。初めてその列に並ぶ人でもどうすればいいかするわかるようにされている。誘導する人は常に動いて、列を整えたり質問に答えたりしている。

でもアメリカは違う。
誘導する人がいたとしても、列の先頭にかったるそうにダラッと立っているくせに「並べ!並べ!」と偉そうに怒鳴っていたりする。列が途中で乱れて、どこが最後尾かわからないから2列に枝分かれしてしまって、並んでいる人同士が喧嘩を始めたりする。

大行列を例に出したけど、すべてにおいてこういうことが多い。
つまり、問題を予測することができない。
並んでいる人の気持ちがわからない。
それなのに、「なんでこうなるんだ?なぜこいつら(客)はわからないんだ?」とイライラして怒鳴る。
そして自分には権力がある、と勘違いし、さらに他人(客)を下に見る。
自分を省みることができないから、成長しない。
悪いのは並んでいる人間(客)だから、改善することなど考えもつかない。
状況は改善されず、常にカオスのまま。

これがアメリカなのではないか。
だからちょっとでも何かあると、すぐに暴動が起こるのではないか。

いや、アメリカは、じゃなくて、もしかしたら日本以外の国のほとんどがそうなのかもしれないが。たとえば中国なんかアメリカよりカオスだと思う。

そうなんだよね。やめよう、やめようと思っても、やはり自然のうちに「アメリカは・・・」と批判の目で見てしまう理由は、比べる国が日本だからなんだよ。日本が特殊だと気付かなくちゃいけない。そのためには、アメリカ以外の国にもっと行かなくちゃいけない。

若いときはあっちこっちに行ったけど、今はもう自由になる時間もお金もない。それどころか、今は海外旅行なんて興味ないのよ、帰国することにしか興味ないの。

私も自分を省みて、アメリカの状況を批判してないで自分が変わるようにしなくちゃいけないんだなあ。
ろくに仕事もしないで「なんでこうなるんだ?なぜこいつらはわからないんだ?」と偉そうに客を下に見て突っ立っている愚かな誘導者というのは、まさに私の姿なのかもしれない。

あれっ、日記のタイトルと結論が全然違うじゃん。
まあいいか。

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# by formyblog68 | 2017-09-06 20:57 | アメリカでの生活 | Trackback

舞台に出ずっぱり

疲れた、疲れた、疲れた。

毎日毎日何かしらあって、自分の時間は全然取れずに人のスケジュールに振り回されている。

感謝すべきことはたくさんあるんだけど、とにかく疲れた。

何に似ているかというと、舞台に出っぱなしということかな。
舞台裏にひっこんで水を飲みたい。できれば楽屋に入って一息したい。いや、家に帰ってのんびりしたい。
なのに、開幕から閉幕までずーっと舞台上でライトを浴びていて、家に帰ることすらできず、ずっと公の場にいるような気持ち。売れっ子芸能人って実際にそういう感じなんだろうなあ。

今の私は、誰にも会いたくない。暗くて静かでひんやりしたところに一人こもって、じっとしていたい。あっ、それは棺桶ではないか!いやいや、そこまでじゃなくていいわ。まだもうちょっと生きていたくなったから。

それにしても疲れた。

ブラックコーヒーをのどに流し込んで、仕事します。

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# by formyblog68 | 2017-09-02 03:46 | 独りごと | Trackback

夫に対する小さな愚痴

夫が不在の週末、勝手に子供のプレイデートとかスリープオーバーとか取り付けてくるのやめてほしい。

子供たちの世話をするのは私なんだよ。家に持ち帰っている仕事もあるのにさ。朝ごはんの世話もいつもより面倒になるし。

すごく性格のいい子だったらいいけど、前回来た子はむすっとしてて全然可愛くなかった。もっと小さいときは可愛かったのになあ。自我が芽生える時期だからなのかな。知ったことじゃないけど。

夫が不在のとき、業者を入れるのやめてほしい。
家の中に他人がいるだけでもストレスたまるのに、夫がいないと私がすべて対応しなくちゃいけない。そうなると私にはわからない質問なんかされたら困るなあと不安になってしまうし、朝からちゃんと化粧して身支度しておかなくちゃいけないし、本当にストレスたまる。

買い物や外食するとき、財布を持っていかないのがむかつく。出処は同じだとはいえ、私に支払いをさせるのがムカつく。財布ぐらい持っていけよ!食事したあと、さっとカード出せよ!

外出先で、自分のスマホや財布を私のバッグに入れるのやめろ!重いんだよ!しかも必要なときに「スマホちょうだい」「財布ちょうだい」と手を出せばいいと思うのやめろ!私はお前の秘書かっ、召使かっ!双子が小さいときは、いちいちバッグの中をゴソゴソするだけでもイライラするぐらい忙しいときが多かったから、本当にむかついた。それがあるから、今でもむかつく。

男ってさ、基本的に「狩り」しかできないよね。「狩り=仕事」だから、今の時代は女だって狩りしているんだよ。
仕事仕事って、仕事してるからって偉そうにするなよ、仕事ぐらいしろよ、仕事しかできないんだから、って感じ。

何度も書いてるかもしれないけど、家事育児より仕事のほうがずっと楽だからね!専業主婦の皆さん、騙されるなよ!

なぜ仕事のほうが楽かというと、仕事はやるべきことがはっきりしているから。ちゃんとレールがあって、その中で(まともな社会人なら)何を優先すべきかわかりやすくて、それを優先する権利もあるから。

家事育児は違うからね。
やるべきことがあっちこっちにありすぎて、優先順位も時と場合によってマチマチで、その都度脳みそフル回転で決めなくちゃいけない。一番優先したいことが後回しになることも多い。自分のことはほとんどできず、絶えず家族の予定優先。でも自分のこともしなくちゃいけない。なんというか、短距離走のダッシュの練習をずっとしている感じ。瞬発力がなくちゃやっていけない。だから1日終わるとヘトヘト。

働く女性はやはりまだまだつらいことが多いと思う。

ああ疲れた疲れた。


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# by formyblog68 | 2017-08-30 14:45 | 独りごと | Trackback

夜が好き

夕方になるとホッとする。
これから楽しい夜がくるから。

夜は好き。
夜は、活動的にならなくては!という強迫観念が消える時間。

家にいていい。
じっとしていていい。
黙っていていい。
何もしなくていい。
静かにしていていい。

同じ理由で、私は雨の日や雪の日が好きだ。

なんという暗い人間なんだろう。
でも、これが私だ。これでいいのだ。

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# by formyblog68 | 2017-08-26 06:08 | Trackback

一時帰国した

この夏も無事、一時帰国することができました。

まず、1年ぶりに帰国して感じたこと。

外国人が多いなあということ。
外国人観光客もますます増えていたけど、日本で働く外国人もさらに増えていた。
ネガティブなことは言いたくないんだけど(とネガティブなブログで言う)、この店員ずいぶん乱暴・失礼だなあと思うと日本人じゃないってことが多かった。

そして感じたことは、やはり日本はいいなあということ。

もちろん私も日本で育ったし、成人してからはずっと日本で仕事をしていたので、実際に住んでいてストレスが多いことも知っている。でも、やはり国そのものに活気があると思う。

カオス的な活気じゃなくて、整然とした活気。
狭い土地で、人々が工夫をこらして便利にきちんと暮らしている国、それが日本。
人が多いから、規則を守って流れに沿って暮らす日本人。

ぜったい知能が高い民族だと思う。
これは、私が日本人だから思うんじゃなくて、やはり民族によってDNAに伝えられる知能というものがあると思う。

こんないい国に生まれたことに感謝すると共に、もうアメリカと比べることはやめると決心できた。
だって、これは敵わないから。
比べる価値もないぐらい、レベルが違いすぎるから。

もちろん日本にだってまだまだ悪いところはたくさんあるよ。
たとえば、子供の権利がそれほど守られていないところ。そしてやはりまだ男尊女卑に甘んじている女性が多く、それを賢いこと・理解があること・大人なことだと思い込んでいるところ。
でもそれはマスゴミのせいであり、実際の生活では実は日本は女が強い。西洋より東洋のほうが女が強い。

またつまらない一人議論はこれぐらいにして。
私のブログって長くて理屈っぽくて独断的で、本当につまらないんだよね。

今回の帰国で悟ったこと:

1、日本とほかの国を比べる意味はないし、日本人とほかの国民を比べる意味もないってこと。

2、日本にもどんどん外国人が増えている。日本を愛して日本を大切にしてくれる外国人なら大歓迎(って住民票もない、税金も払ってない私が言うなよと一人ツッコミ)だから、私もアメリカでそういう外国人になろう、という決心。

3、すべての人が、今いる場所を大切にし、すぐそばにいる人たちを大切にすれば、平和は訪れるのではないか、ということ。世界的にも、個人的にも。世界の平和を願う前に、個人の平和に努めよう。

4、与えられたものを最大限に生かして楽しく過ごそう、という気持ちがあるなら、与えられた環境・場所で精一杯生きよう、楽しんで生きよう、ということ。

以上。

また来年帰国できるといいな。それまで元気で頑張ろう、いや頑張れそうな気がする。

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# by formyblog68 | 2017-08-21 23:20 | Trackback

夏が嫌い

もともと暑いのは苦手だったけど、アメリカの夏って情緒がなくて大嫌い。

夏になるとみんな外に出てきて女も男もほとんど半裸状態でジョギングしたり、サイクリングで道を渋滞させたり、バーベキューして人を招いたり、とにかくすごく忙しく過ごしている様子。

朝っぱらから芝刈り機もガーガーうるさい。

白人というのは、太陽がさんさんと照っていると外に出たくなる人種らしい。それは本能的なものなのかもしれないし、習慣的なものなのかもしれないが、とにかく夏はせわしなくてやかましくて落ち着かなくて大嫌いだ。

そして子供たちの夏休みもうるさくて大嫌い。近所の子供たちがやってくるし、うちの子たちもよその家にあがりこんだりして気が気じゃない。夫は「そうやって大きくなるんだ」というけど・・・そして私も頭ではわかっているんだけど・・・。

私の理想の夏は、ご近所さんなんかいない静かな森の中(または高原)の一軒家に住み、バックヤードの木陰で一人のんびりレモネードを飲みながら小説を読むこと。

家の前をジョギングしている人も、犬の散歩をしている人も、サイクリングしている人もいない。すぐそばのバックヤードでバーベキューをしている家族もいない、ホームパーティーを開いている家もない、芝刈りをしている人もいない、毎日ピンポーンと鳴らしてくる近所の子供たちもいない。静かな静かな家。

冬になって雪が降ると静かでいいんだよね。こんなこと言っていたら東京のアパートなんかもう住めないかもしれないね。永久帰国するなら、東北か北海道の過疎地に移住したい。妄想、妄想。



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# by formyblog68 | 2017-07-19 01:21 | 独りごと | Trackback
欲しいものが手にはいらないとき。

最後の最後で、ギリギリでダメだったとき。

頑張ったのにダメだったとき。

そんなときは、ご縁がなかったんだ。

ああすればよかった、こうすればよかったと反省することは大事です。だって反省すると、次回ほしいものが見つかったとき、前回みたいにギリギリまでがんばることなく、もっと手軽に手に入るから。
計画性・勤勉・多少の犠牲、これが必要。

でももう済んでしまったことは「ご縁がなかった」でいいんです。
だってよく考えてみると、頑張ったけど実はもっと努力のしかたがあったと気づくし、そうしなかったということは実は自分の中で、今自分がくやしいと感じるほどは欲しくなかったんだと気づくからです。今、ギリギリで手に入らなかったから欲しくて欲しくてたまらないだけ。

ものも、仕事も、人間関係も、すべてそう。すべてご縁。

人間ってそんなにご大層なものじゃなくて、水の流れに身をまかせる覚悟も必要。その中でも行きたい場所があるなら、計画・勤勉・多少の犠牲を念頭において動く。

いろいろと考えてしまう朝でした。


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# by formyblog68 | 2017-07-16 23:52 | Trackback

感謝する

小さいことに感謝する。
感謝するとすべてがうまくいく。

これって本当だと思う。

謙虚な気持ちでいると腹も立たないし、感謝すればするほど自分が幸せになる。

でも、感謝の気持ちって、感謝する本人以外にはあまり他人に言わなくてもいいことだと個人的に思う。
いや、むしろ言わないほうがいいかもしれない。一人で心の中でありがたやと手を合わせるのが一番いいと思う。

前にも書いたかもしれないけど、感謝話をたくさんする人がいた。彼女はグループで会うと心が洗われるような気持ちになるのに、二人っきりで会うととても疲れてしまう不思議な人だった。

ある日、彼女の感謝話は私とは無関係のことばかりであり、彼女に「感謝している、ありがたい」といくら話されても、だんだんつまらなくてたまらなくなるばかりでなく、それが逆に幸せ自慢に聞こえてくるというか、もちろんそう感じる私の心に問題があるんだろうけど、そのような自責の念を抱いてしまうことからして彼女といると疲れてしまうということに気づいた。

誰それさんにこうしてもらってありがたい、こういうことがあって感謝だと話し続ける彼女の話にあくびをかみ殺しながら「それは良かったですね」「Aさんがいい人だからですよ、人徳ですね(これはもちろん本音だが)」と相槌を打ちながら、どういう話だったらこちらも面白くなるのかと考えてみた。

駐在員の奥さんによくしてあげたらとても喜んでくれて、帰国してから毎年日本の高級お菓子を送ってくださるの、ありがたいわ。

だからこのお菓子、一緒に食べましょう。

うちの娘が会社の偉い人になったの、ありがたいわ。

仕事をさがしている人がいたら紹介するから言ってね。

あっ、書いていて気づいた。聞いていてつまらない感謝話って、最後に「ありがたい」とくっつけているだけで、ただの自慢だったわ。

くだらない結論に達しました。やはり書くと頭が整理されていいね。ブログさん、孤独な私の聞き役になってくれてありがとう。

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# by formyblog68 | 2017-07-15 01:09 | 独りごと | Trackback
下世話な話だけど、実に現実的な話。

もっと収入を増やしたい、頑張れば頑張るだけ見返りがある仕事がしたい、したいことが実現できる仕事がしたい、とずっと思っていて、最近ビジネスを始めることを考えています。

一応手に職はあるんだけど、それを生かした仕事といっても時給数十ドルの世界で、とてもじゃないけど今より収入が増えるとは思えない。

今の職場はやりがいがあまりなくて、もっと任されたいのにやらせてもらえなくて給料も低いけど、安定していて福利厚生がいい。楽をしようと思えばいくらでも楽できて、休みも比較的自由に取れて、まるで体温と同じ温度のぬるま湯に浸かっているような職場です。

夫に相談したら、「こんなに安定した生活をゆるがすようなことを、なぜ君はしたいと思うの?」でした。

そうだよねえ・・・

たまたまネットサーフィンをしていて、あるお店のフランチャイズについて読んでみた。あなたもお店を持ってみませんか!?というセリフにつられて。

でも、資本金が数万ドル必要だった。

こんなお金を出せる人しかお店を始められないのは当然といえば当然だよね、フランチャイズだもんね。ガレージから始めるわけじゃないもんね。

周りを見ていて思うのは、起業しようと思う人はいろいろ考える前に、自分がしたいことを楽しんでやっているんだよね。基本的に「明るいオタク」が多い気がする。くて、趣味に没頭して楽しんでいたらビジネスにつながり、いつの間にかいいビジネスになっているのだ。

ビジネスの才能がある人は長者になっているし、職人気質(かたぎ)であまり商才がないタイプでも小さな店をかまえて立派に生活している。今の私みたいに雇われてブツブツ愚痴こぼしているということはない。

もう一種類の人は、資産家の家に生まれたとか、結婚した相手が資産家だったりして、自由になるお金がたくさんある人。
やりたいと思ったらすぐに始められる。その代わり、うまくいかなくてもすぐ商売をたたむことができる。

知り合いの奥さん(アメリカ人)は、アパートを購入して大家さんになった。
とても社交的な人なので入居者を集めてポットラックやBBQをしたりして、まるで家族のように楽しくやっていた。
ところが外国からの金持ち坊ちゃんが入ったあたりからおかしくなり、さんざんワガママを言われて最後は裁判沙汰になって嫌気がさしてやめた。

すぐに大豪邸を買い、それぞれのベッドルームにバス・トイレをつける改装をしてB&B(ベッド&ブレックファスト)を始めた。
明るくて人好きする女性なので評判もよく、とても楽しんでいた。
ところがお子さんたちがティーンになると、別宅とはいえ敷地内にいつも他人が出入りしているのは環境がよくないと言ってやめた(それって最初に考えないかね?)。

それぞれ5〜8年ぐらいしかやっていないのだ。

こういうことができるのも、ご主人の実家が地元の大金持ちだから。
そう、日本のお金持ちの奥様が趣味のお店を出させてもらえるのと同じ。たいして売れなくてもずっと店を開けていられるのは、生活がかかっていないから。いやになればやめられるのも同じ理由。

でもうまくいけばどんどんお金は入るだろう。
お金があればすぐに商売を始められて、失敗してもすぐに次に進める。うまくいけば文字通り儲け物。

私が、お金があればどんどんお金が儲かるんだなあと思う所以(ゆえん)はここにあります。

でもそれは言い訳でしかない。だって本当にただの高卒の主婦から立派なビジネス・オーナーになった人も知っているから。彼女の場合は性格がすごく明るくてカリスマ性があって、はっきり言ってオタクだった。好きなことを楽しんでやっていたら人が集まり仕事になった。そして商才はない。人のためにタダで仕事を請けあったりして損したりしているのだ。でも好きだからいいそうで、そうやっているからどんどん人も来る。

息子さんに「金儲けのしかたが下手だ」と言われるらしいが、私はこれでいいんだ、と言って小さな店を切り盛りしている。もちろん収入はサラリーマンのご主人をはるかに超えた。

そういう人のマネはやたらとできるわけじゃない。

やはりビジネスを持っている人はすごいなあと、自分が始めたいと思うようになってからつくづく思うようになった。
ちょっとタイトルと結論がずれてしまったけど、書き始めたときは「金持ちは金持ちになるわけだ」と思ったから、このまま投稿しちゃおう。








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# by formyblog68 | 2017-07-12 04:25 | 独りごと | Trackback

アンテナを張っておく

心のアンテナを張っておくと、どこかからのメッセージを聴き漏らすことがないという。
ささやき声ほどのメッセージらしい。

本当に聞こえるわけじゃなくて、ハッとすることらしい。

すべての答えは自分の中にある。
潜在意識の中で、自分が何を求めているか、何を学ぶべきか、どうしたらいいのか、実はすべてわかっている。だからこそ、ハッと自分の気を引く言葉には耳を傾けたほうがいいのだ。気づくこと自体、自分が本当は知っているけど理屈で封じ込めてしまっていることだろうから。

理屈はともかく。そうなんだよね、私はいちいち理屈っぽいんだよ。

私が最近、あっちこっちで聞いたり読んだりするメッセージが、「自分の心は自分で鍛える・考え方はトレーニングするものである」ということ。
ハッとした。

私は考え方を変えたほうがいいと自分で気づいているのに、どうしても変えられない。
変えないほうが自分が楽だから、いろいろ理屈をこねて何も変わろうとしないのは自分だともわかっている。
頭でわかっていても心がついていかない、と言い訳することも多い。

でも、そんなとき、あっちこっちからこういう内容のメッセージが届いた。

「考え方を変えるには、毎日の努力が必要だ。筋トレと同じで、1日かそこらで変えられるものじゃない。毎日毎日、意識して努力して自分の精神を鍛えるのだ。そしてある日、自然に考え方が変わっていることに気づくだろう。それが自然になっているのだ」

とても納得した。まるで筋肉と一緒。痩せたいならまず筋肉をつける。筋肉はカロリーの消費量が高いから、筋肉がつけばつくほど軽い運動でも贅肉がつきにくいからがをキープすることができる。

納得したんだけど、毎日毎日悪戦苦闘している。

一歩進んで二歩下がる。三歩進んで二歩下がる。あれっ、あんなに苦しんだと思ったのに、結局出発地点にいる!

私は相当な頑固者だと思う。肩こりでいえば、ちょっとマッサージしただけじゃ効かない重症な肩こりだと思う。そりゃそうだろう、もう人生半分以上終わった人間なんだから。

考え方は1日で変えられる、自分は1日で変えられる、過去は5秒で捨てられる、っていうのは違う。変えることは可能でも、その状態をキープできない。大掃除はできても1日掃除しなきゃまた汚れるんだよ。トイレだってピカピカに磨いても、一度使えば汚れるんだよ。

私はこれを肝に銘じて、毎日毎日、がんばることにする。

私は「がんばる」「努力する」「スポ根」というものが大の苦手だ。でもそれ以外、どうしようもないではないか。がんばろう。努力しようと思う。



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# by formyblog68 | 2017-07-08 07:03 | Trackback

孤独だなあ

私ってよく考えたら、嫌いな人が多いなあ。
すごく気難しいのかもしれない。

会いたくない人がここまで多いってことは、相手が人種差別するとか性格が悪いとかいうのは私の妄想で、実は私自身の問題なんじゃないかと思う。多分、そうだと思う。だって私、ともだちいないんだもん。

今でも友だちでいてくれるのは、幼なじみたちと、高校時代からの友だち。私の性格を知っていて、認めてくれて、付き合ってくれている。感謝してもしきれない。こんな変わり者の私と付き合ってくれてありがとう。

そして新しく友だちになってくれたのは、私と深いところまで語り合うチャンスがあった人たちのみ。

つまり私は、広く浅く付き合う社交性のある人に憧れるけど、狭く深く付き合うタイプなんだなあ。
そして私の友だちは、みんな遠くに住んでいたり、引っ越してしまったり、とにかくあまりご縁がないのだ。
私は孤独に生きる星の下に生まれてきたのだろうか。


ところで、芸能ニュースで騒がれている松居一代と船越英一郎の離婚劇の流れで、W不倫相手と言われているハワイ在住のエステティシャンのブログをのぞいてみた。

感想:
やっぱりハワイみたいに日本人が多いところに住んでいると楽しそうだよなあということ。お客さんも同僚も日本人だし、すごく楽しそう。
あの華やかな人も、日本人どころかアジア人すらいないアメリカの田舎に住んだらくすんでくるんだろうか。白人ばかりの社会で無視されまくっていたら、私みたいに性格が暗くなってくるんだろうか。

私も日本人がたくさにるところに引っ越したい。そしてやっぱり日本人相手の仕事をしたいなあ。

こんな感想しか持てない私って、相当孤独なんだろうね。不倫も浮気もどうでもいいもんなあ。


それにしても松居一代の動画はすごかったなあ。ああいう生真面目すぎでバカ正直で気性が激しい人が、よく芸能界でやってこられたよなあ。
それとも、自分がこうと決めたら絶対に手に入れるタイプの人だから、「売れたい!」と思ったらどんなことでもやってここまで生き残ってきたのだろうか。

船越英一郎もバカだよなあ。
相手が相手だから事務所や芸能雑誌にも協力を頼まざるを得なかったんだろうけど、小細工するわりには脇が甘いというか。バレてかえっておおごとになってしまったし。

芸能人の離婚劇の感想書いてる場合じゃないんだけど、二人とも結構好きだったから、なんとかおさまってほしいなあ。



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# by formyblog68 | 2017-07-07 12:22 | 独りごと | Trackback